【お天気シリーズ】
1.雪
雪…か。
…あいつを亡くしたあの日から、何度目の雪だろう。
もう…忘れた。
あの日から俺の心は凍りついたまま、夢と現を彷徨っている。
弁慶…弁慶…。
どんなに呼んでも、返事はこない。
朝も昼も夜も、お前と共にいる夢を見る。
…ひどく幸せな夢だ。
ずっとあの中にいることができればいいのに。
どこへ行ったんだ、弁慶。
俺を一人置き去りにして、酷い奴だ…。
早く帰って来い。…この俺の腕の中へ。
2009.05.27
2.雨
長月の雨は湿気が多くて苦手だ。
心なしか偏頭痛も頻繁に起きるような気がする。
今日も頭痛が起きるだろうか。少し頭が重い。
…先に薬をもらっておくか。
そう思い立つと、九郎は弁慶の部屋に向った。
「弁慶。弁慶?薬をもらいたいんだが、入るぞ」
勝手知ったる何とかで、返事を待たずに妻戸を開けた。
「弁慶…?」
もう一度呼んでみるが、返事はない。
中に入ってみると、部屋の主は文机にもたれ、眠っているようだった。
「………」
薄暗い部屋に蝋燭の灯りに映し出された鈍色に縁取られた寝顔は
うすく微笑をたたえ、幸せそうだ。
九郎はその笑みに、心が満たされてゆくのを感じた。
起こさないようにそっと、弁慶の近くに腰を下ろし、その髪をなでる。
穏やかな時間が流れてゆく…。
そのひと房を手に取り、万感の思いを込めて口付けた。
…いつも戦場で命をかけて戦う身だ。
たまにはこんな穏やかな日も悪くない。そう思う九郎だった。
2009.06.08
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